大人が子どもを「待つ」とは。
- ずんずん
- 2017年3月18日
- 読了時間: 2分
Iっちゃんは、今日は久しぶりに人工遊具(笑)で遊びたかったみたい。
「石橋をたたいても渡らない」派の慎重なIっちゃんは、
以前は、階段を3段上っては下りてくる、
という繰り返しをしていた。
今日はなんと!
すたすたと上っていくじゃあーりませんかっ!
しかも「しゅべりだいっ、だいしゅきっ♡」とか口ずさみながら(笑)
その勢いで、さーっと滑ってくるのかと思いきや・・・。
なかなかこない。
おばあちゃんは「わたしがおしりを押してあげると、やっと滑るんですよ。」という。
今日はほかに遊んでいる子もいなし
わたしは「今日は、待ってみますか。」と提案。
おばあちゃんも「そうですね~。」とほほえむ。
わたしたちはIっちゃんを気にしながらも
おしゃべりしながら のんびり待つ。
たまにIっちゃんが、「いきまーしゅ!」とか威勢のいい声を響かせる。
「あいよー!」と言いながら待つ。
そのうち、高台で歌を歌いながら踊り始める。
はじめの一歩をふみだすための、儀式か何かだろう。
自分を鼓舞しているに違いない。
待つこと25分。
他の子の姿が見えたとたん、少しそわそわするおばあちゃん。
Iっちゃんの背中を、軽くぽんと押した。
Iっちゃんは、神妙な面持ちで滑ってくる。
目は笑っていない。笑
手でブレーキをしっかりとかけて、ゆるゆるとおりてくる。
それで勢いがついたのか、
次からは自分で滑ることができた。
わたしたちは、時間や周りのことを考えて
ついつい子どもに手や口を出してしまう。
いや、まて、そうだろか。
「自分」のことを考えちゃうんじゃなかろうか。
ずっと待ってたら、買い物に行けないじゃん。
ずっと待ってたら、他の子の親に変な目で見られるじゃん。
ずっと待ってても、できないじゃん。
ずっと待ってんの、めんどくさいじゃん。
今までの自分に、もれなく当てはまります(;^_^A
でも今日は Iっちゃん えらかったなぁ。
自分の力で滑れたんだもんな。
何よりおばあちゃん、すばらしかったなぁ。
25分間も、Iっちゃんを信じて待っていたんだもん。
ここでは あわてる必要がありません。
子どもたちが 納得するまで やる!と決めたことを
目いっぱい
とことん
やらせます!
だって、子どもたちが できることを知っているから。
